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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)17号 判決 1997年4月24日

愛知県名古屋市北区彩紅橋通1丁目1番地の14

原告

株式会社メイチュー

同代表者代表取締役

中島康策

同訴訟代理人弁理士

後藤憲秋

吉田吏規夫

同弁護士

名倉卓二

神奈川県川崎市高津区二子663番地5

被告

東京ファーネス工業株式会社

同代表者代表取締役

中村嘉良

同訴訟代理人弁理士

鈴江武彦

布施田勝正

長谷川和音

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第6499号事件について平成7年12月22日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「金属溶解保持炉」とする特許第1665729号(昭和58年3月11日出願、平成3年5月9日出願公告(特公平3-31993号)、平成4年5月19日設定登録。以下「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許権者である。

被告は、平成6年4月14日、原告を被請求人として、本件特許を無効にすることについて審判を請求し、平成6年審判第6499号事件として審理された結果、平成7年12月22日、「特許第1665729号発明の特許を無効とする。」との審決があり、その謄本は平成8年1月16日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

タワー状に積重ねられた金属材料のうち下部に位置する材料が熱せられ上部に位置する材料は炉内の燃焼排ガスによって予熱されるように筒状に構成された予熱室20と、

前記予熱室に向けて溶解バーナー39が配置され、かつ熱せられた金属材料が加熱溶解されながら流下する傾斜床面33を有する溶解室30と、

前記溶解室と隣接し傾斜床面を流下する溶解した金属材料が流入することができる連通開口42を有し、底面43は前記傾斜床面より低く構成されているとともに、室内の溶湯を保温する保持バーナー49が設けられた保持室40

を有することを特徴とする金属溶解保持炉。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  請求人(被告)の主張

請求人は、次の理由により、本件発明は特許法123条1項の規定により無効にすべきものであると主張する。

<1> 本件発明は甲第3号証ないし甲第5号証(審判時の書証番号)に開示された技術から容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定に違反して特許されたものである。

<2> 本願発明は甲第7号証(本訴における甲第3号証。以下「甲第3号証」で表示する。)の発明と同一であるか、少なくとも、同号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条1項3号の発明に該当し、同法29条1項の規定に違反するか、または、同法29条2項の規定に違反して特許されたものである。

(3)  まず、請求人の主張<2>について検討する。

<1> 甲第3号証{「FOUNDRY TRADE JOURNAL」151巻 3219号 1981年(昭和56年)8月13日発行}は、本件出願前の昭和56年10月5日に、東京大学工学部金属系学科図書室に受け入れられたものである。

そして、この261頁図7には、連続溶解、保持用の溶解及び保持のための二室を持つ溶解保持炉の写真が掲載されている。図8(別紙図面2参照)には、乾燥炉床溶解炉の2方向からみた断面図が示されており、その右図は、左図のA-B断面図である。そして、図の説明として、「傾斜溶解炉床と予熱煙道を有し、横型に構築された乾燥炉床溶解炉。図7に写真で示された溶解炉の断面。2.保持室:3.溶解室:4.熱電対:5.材料装入兼排ガス煙道:6.バーナ:8.扉:9.扉」と記載されている。(上記図7、図8及び上記記載を併せて、以下「引用例」という。)

<2> 前掲摘示した図8の説明からみて、図7と図8は同じ溶解炉に関するものであるから、本件発明と引用例に記載の溶解炉とを対比すると、引用例に記載のものは、図8の右図から、材料装入兼排ガス煙道5を有することが解る。さらに、同図から、上記材料装入兼排ガス煙道5に隣接して溶解室3が設けられ、かつ、この溶解室3の上記材料装入兼排ガス煙道5と相対する壁面に上記材料装入兼排ガス煙道5に向けられたバーナ6が配置されていること、そして、上記溶解室3の底面は、上記材料装入兼排ガス煙道5から連なる傾斜面で構成されていることも解る。

次に、図8の左図から、溶解室3に隣接して保持室2が設置されており、溶解室3の底面は、保持室2に向かって傾斜していること、保持室2の底面は上記溶解室3の傾斜床面より低く設けられていること、そして、溶解室3と保持室2の間には隔壁があるが、その下部に開口があり、両室はこの開口を介して連通していることが解る。

また、図8の左図及び右図の位置関係からみて、上記保持室2、溶解室3及び材料装入兼排ガス煙道5が、この順にL字状の位置関係に配置されていることが解る。

ところで、図8には、保持室にバーナを設けることを直接図示するところはないが、図7に示された溶解炉の写真を見ると、左下から立ち上がり途中から分岐して一対となっている管が炉壁の上部左右に接続され、またこれとは別に右下から個別に2本の管が立ち上がり先と同じ左右2カ所の位置で炉壁に接続する配管が存在している。

また、分岐している管は、その構造からして内部には同じものが流通していることになる。

さらに、これら配管を図8の記載、特に保持室2、溶解室3、材料装入兼排ガス煙道5に付設された設備との関係でみると、そこにはバーナが存在し、それ以外に付帯設備が図示されていない点、バーナの位置が炉の上部の僅かに傾斜した壁面にある点、及びバーナが炉壁から内部に向かって配置され、炉壁側から燃料等が供給されるような配置となっている点からして、その配管はバーナへの燃料等の供給用のものと考えるのが相当である。

そして、図8において、溶解室にバーナの存在が図示され、また溶湯を保持する保持室を有する溶解炉において、溶湯の温度維持を図るために保持室に加熱手段を具備せしめることが常套的なことであること、及び、保持室2、溶解室3、材料装入兼排ガス煙道5の3者の図示された配置関係からして、その配管のうち右側のものが溶解室3に設けたバーナ(これは図8のバーナ6に相当)に接続され、左側のものが保持室2に接続され、それにはバーナが接続されていると考えるのが妥当である。

また、上記材料装入兼排ガス煙道5は、同図の下部説明の記載から明らかなとおり、予熱煙道でもあるから、これは本件発明の予熱室に相当する。

してみると、両者はともに炉内のバーナの燃焼排ガスを利用して、装入された金属材料を予熱するようにした予熱室と、傾斜床面と予熱室に向けられたバーナとを有する溶解室と、溶解室に隣接する連通開口及び溶解室の傾斜床面より低く設けられた底面を有し、バーナが設けられた保持室との三室構造からなる溶解保持炉である点で一致している。

<3> ところで、被請求人は、第2答弁書において、この引用例の溶解炉は三室構造を有しているものの、図8には溶湯の「湯面ライン」が付されており、この「湯面ライン」は、保持室2から溶解室3まで至っている。すなわち、溶解室の傾斜床面及び連通開口に溶湯が入り込んでいるから、加熱溶解した金属材料が、それらを流下または流入することができないとの理由に基づき、引用例の溶解炉は、本件発明の要件事項である「熱せられた金属材料が加熱溶解されながら流下する傾斜床面」、及び、「傾斜床面を流下する溶解した金属材料が流入することができる連通開口」を有しておらず、したがって、「予熱室下部で加熱され溶解室へ流れ出した溶融または半固溶の金属材料を、該溶解室の傾斜床面にてさらに加熱昇温して完全に溶解して、保持室へ流入して蓄える」という作用効果を有するものではない点で、本件発明と相違する旨主張している。

<4>(a) しかしながら、乾燥炉床溶解炉とは、元来金属が溶融すると、溶融金属は早速溶湯を保持するための炉床へと流れていくものであること(例えば、甲第5号証(本訴の書証番号)17頁10行~14行参照)からすると、該溶解炉では、溶融金属はもともと溶解室の床面を湿潤させるものではない。

(b) 引用例の溶解炉においては、保持室の溶湯の量が増大するにしたがい溶湯面が上昇し、その結果溶解室の一部及び傾斜床面の一部が溶湯に湿潤されることは、図示されているように、構造上起こり得ることではあるものの、引用例の溶解炉は乾燥炉床溶解炉であるから、溶解室の傾斜床面を積極的に溶湯に浸漬する意図はなく、むしろ、溶解室で溶解された溶融金属は、早速保持室へと流れていくことを意図しているものと解するのが合理的である。

したがって、引用例の図8に湯面ラインが溶解室に至った状態が図示されてはいるものの、引用例の溶解炉においても、本件発明と同様に、「傾斜床面」は、熱せられた金属材料が加熱溶解されながら流下するものということができ、また、「連通開口」は、傾斜床面を流下する溶解した金属材料が流入することができるものといえ、そのことは引用例の溶解炉においても意図されている範囲のものであるから、引用例の溶解炉は、本件発明の要件事項である「熱せられた金属材料が加熱溶解されながら流下する傾斜床面」、及び「傾斜床面を流下する溶解した金属材料が流入することができる連通開口」を有していないという被請求人の主張は失当である。

以上のとおりであるから、本件発明と引用例との間には、別段差異は認められないから、被請求人の上記主張は採用できない。

(4)  したがって、請求人の前記主張<1>について検討するまでもなく、本件発明は、甲第3号証に記載された発明であると認められるから、特許法29条1項3号に該当し、同法29条1項の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項1号に該当する。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)、(3)<1>、<2>、<3>、<4>(a)(但し、「溶解室」は「溶解部」とすべきである。)は認める。同(3)<4>(b)、(4)は争う。

審決は、引用例に記載のものの技術内容を誤認して、引用例に記載された溶解室の「単なる傾斜床面」について「熱せられた金属材料が加熱溶解されながら流下する傾斜床面」であり、また、引用例に記載された「単なる連通開口」について「傾斜床面を流下する溶解した金属材料が流入することができる連通開口」であると誤って認定、判断し、その結果、本件発明は甲第3号証に記載された発明と認められると誤って判断したものである。

(1)  審決は、「引用例の溶解炉は乾燥炉床溶解炉であるから、溶解室の傾斜床面を積極的に溶湯に浸漬する意図はなく、むしろ、溶解室で溶解された溶融金属は、早速保持室へと流れていくことを意図しているものと解するのが合理的である。」(甲第1号証9頁14行ないし19行)として、引用例に記載の溶解室3の傾斜床面が「溶解部の乾燥炉床」に当たると認定、判断しているが、以下述べるとおり誤りである。

<1> 「乾燥炉床溶解炉」とは、固形の溶解材料が載置され燃焼ガスによる熱が加えられて溶解され、溶解された溶融金属が溶湯を保持するための炉床へと流れ出すことができる「溶解部の乾燥炉床」を有するタイプの炉を意味する。

しかして、引用例に記載の溶解炉における「溶解部の乾燥炉床」は、材料装入兼排ガス煙道5(以下「煙道5」という。)下部の床面である。このことは、煙道5下部の床面が、引用例の図8から明らかなように、煙道5より投入された固形の溶解材料が載置される部分であること、煙道5下部に向けられた溶解バーナ6による燃焼ガスの直撃熱が加えられていること、溶解された溶融金属は煙道5下部の床面から溶湯が保持されている溶解室3の炉床へと流れ出すものであることから明らかである。

<2> 審決の認定のように、引用例の溶解室3の床面が「溶解部の乾燥炉床」に当たるとした場合には、「予熱室に向けられたバーナ」の機能の説明がつかなくなってしまう。すなわち、引用例のバーナ6は「予熱室(煙道5)」に向けられていて、溶解室3の傾斜床面には向けられていないが、バーナの直撃熱が加えられない床面を「溶解部の乾燥炉床」であるということはできない。

また、引用例の図8に図示された湯面ラインは溶解室に至っているが、そのように濡れている炉床は「乾燥炉床」とはいわないはずである。

(2)  審決は、「引用例の溶解炉においては、保持室の溶湯の量が増大するにしたがい溶湯面が上昇し、その結果溶解室の一部及び傾斜床面の一部が溶湯に浸漬されることは、図示されているように、構造上起こり得ることではある」(甲第1号証9頁10行ないし14行)と認定、判断しているが、以下述べるとおり、引用例に図示された湯面ラインは「構造上起こり得る」ものではなく、通常の操業状態を示すものであるから、上記認定、判断は誤りである。

<1> 一般常識上「構造上起こり得る」湯面ラインなるものを図中に何の断りもなく明瞭に記入することはしないし、また、その必要性もないのであって、もしそのような特別な状況を示すのであるならば、引用例自体にその旨の記述があるはずであるが、引用例の図面及び関連する本文にはそのような記載はない。

<2> 引用例の図7(写真)の下段に記載されている説明によれば、引用例の図7、図8に図示の溶解保持炉は、ダイカストマシンによる連続成形をするために、連続的に材料が供給され、溶解がなされるもので、その仕様規格として1時間当たり150kgのアルミニウムを溶解し、400kgの溶湯を保持するものであることがわかる。また、引用例の煙道5は「装入された金属材料を予熱するようにした」ものであるから、当然、材料は煙道5内に充填されて予熱されているものである。

上記したところから、引用例の連続溶解保持炉は、ダイカストマシンの鋳造量(鋳造能力)に対応して、煙道5内で予熱されている金属材料の溶解を連続的に行うものであり、溶湯の需要(鋳造量)と供給(溶解量)とは均衡を保ち(予熱材料が煙道内に充填されて溶解の準備がなされるということは、この均衡が大きく崩れないことを意味する。)、湯面ラインの大きな変動が生ずることなくほぼ一定であるということになる。

このような引用例の連続溶解保持炉自体の特性を考慮すれば、湯面ラインはほぼ一定であり、このほぼ一定の湯面ラインが図8に図示されていると解するのが正当である。

<3> 例えば、甲第14号証の62頁「図1」に図示された連続溶解保持炉には「METAL LINE」と記された湯面ラインが表されているが、これは、操業時、非操業時であるとを問わず、常に一定に保持されている溶湯の湯面ラインであることは明らかであること、甲第16号証の最終頁中段左側に掲載されている湯面ラインを示した断面図は、同頁上段に記載された各種タイプの連続溶解保持炉における通常の操業状態における湯面位置を示すものであることからしても、連続溶解保持炉において湯面ラインが記載されている場合には、それは通常の状態における湯面ラインであるとするのが当業者の常識的な理解である。

<4> 本件発明の出願当時の技術水準を示す資料である甲第7ないし第13号証に示されているものはいずれも引用例と同じ乾燥炉床タイプの溶解保持炉であるが、上記甲各号証に示されている湯面ラインはいずれも、当該溶解炉における通常の操業状態における湯面位置を表すものである。

(3)  上記のとおり、引用例の乾燥炉床溶解炉における「溶解部の乾燥炉床」とは煙道5下部の傾斜床面であり、かつ、引用例の図8に示される「湯面ライン」は通常の操業状態におけるものを示すものでほぼ一定と解するのが正解であり、その結果、引用例の溶解室3の傾斜床面および連通開口には溶湯が入り込んでいて、加熱した金属材料がそれらを流下または流入することができない。

したがって、審決の「引用例の溶解炉においても、本件発明と同様に、「傾斜床面」は、熱せられた金属材料が加熱溶解されながら流下するものということができ、また、「連通開口」は、傾斜床面を流下する溶解した金属材料が流入することができるものといえ、そのことは引用例の溶解炉においても意図されている範囲のものである」(甲第1号証10頁1行ないし8行)とした判断は誤りである。

さらに、本件発明は、(a)予備室下部で溶解バーナの直撃によって加熱溶融された溶融材料を、(b)溶解室の傾斜床面を流下させることによって、さらに加熱昇温して、材料を完全な溶融状態として保持室に流入させるという技術思想に基づくものである。これに対し、引用例のものは、上記(a)の通常の「乾燥炉床溶解炉」としての作用は有するが、本件発明の特徴的作用である(b)の作用を有しない。つまり、引用例かちは、「材料を完全な溶融状態として保持室に流入させる」という技術思想は全く読み取ることができないのであって、本件発明と引用例の溶解炉との間には根本的な技術思想の相違が存するのである。

したがって、審決の判断はこの点からも誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  原告は、引用例における「溶解部の乾燥炉床」は煙道5下部の床面であり、溶解室3の床面ではない旨主張している。

しかし、引用例に開示の技術を甲第5号証を参酌して解釈すれば、引用例の溶解炉において、煙道5下部の傾斜炉床が乾燥状態にあることは勿論、この炉床から保持室2に溶湯を導く傾斜炉床も乾燥状態にあるように構成されたものであることは明らかである。

甲第3号証中の「この溶解ランプから金属は穏やかに溶解ランプに隣接するバス(溶融溜まり)へと流入する。」(258頁右欄15行ないし17行)との記載、甲第5号証中の「乾燥炉床溶解炉では、金属が溶融すると、溶融金属は早速溶湯を保持するための炉床へと流れていく。」(17頁13行、14行)との記載は、乾燥炉床溶解炉の一般的事項として説明された部分であって、これらの説明は引用例の図7、図8に示された乾燥炉床溶解炉にもそのまま該当するものである。

したがって、「引用例の溶解炉は乾燥炉床溶解炉であるから、溶解室の傾斜床面を積極的に溶湯に浸漬する意図はなく、むしろ溶解室で溶解された溶融金属は、早速保持室へと流れていくことを意図しているものと解するのが合理的である。」とした審決の認定、判断は正当である。

(2)  湯面ラインをどの位置にして運転するかは、炉の操業上の問題である。

通常の操業状態において、湯面ラインが引用例の図8に示されている状態に連続して保持されていると考えることは非常識であり、かつ不合理である。湯面ラインが引用例の図8に示されている状態で常時操業されたのでは、溶解量及び鋳造量の変動に対応するためのバッファーとして機能することができない状態になることがあるので、この状態の操業が常識的であり、かつ合理的とは到底考えられない。

したがって、引用例に図示された湯面ラインは「構造上起こり得る」ものであるとした審決の認定、判断に誤りはない。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも(甲第3、第6号証については原本の存在も)当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1ないし3、並びに、審決の理由の要点(1)、(2)、(3)<1>ないし<3>については、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  上記のとおり、本件発明と引用例記載のものとは、炉内のバーナの燃焼ガスを利用して、装入された金属材料を予熱するようにした予熱室と、傾斜床面と予熱室に向けられたバーナとを有する溶解室と、溶解室に隣接する連通開口及び溶解室の傾斜床面より低く設けられた底面を有し、バーナが設けられた保持室との三室構造からなる溶解保持炉である点で一致していること、引用例の溶解室3の底面は煙道5から連なる傾斜面で構成され、保持室2に向かって傾斜していることは、当事者間に争いがない。

(2)<1>原告は、「乾燥炉床溶解炉」とは、固形の溶解材料が載置され燃焼ガスによる熱が加えられて溶解され、溶解された溶融金属が溶湯を保持するための炉床へと流れ出すことができる「溶解部の乾燥炉床」を有するタイプの炉を意味し、引用例の乾燥炉床溶解炉における「溶解部の乾燥炉床」は煙道5下部の傾斜床面であるとして、審決が、「引用例の溶解炉は乾燥炉床溶解炉であるから、溶解室の傾斜床面を積極的に溶湯に浸漬する意図はなく、むしろ、溶解室で溶解された溶融金属は、早速保持室へと流れていくことを意図しているものと解するのが合理的である。」(甲第1号証9頁14行ないし19行)とし、引用例の溶解室3の傾斜床面が「溶解部の乾燥炉床」に当たるとした認定、判断の誤りを主張する。

引用例の乾燥炉床溶解炉においては、溶解室3の煙道5と相対する壁面に煙道5に向けられたバーナ6が配置されていること、煙道5においては炉内のバーナの燃焼排ガスを利用して、装入された金属材料を予熱していること(これらの点は当事者間に争いがない。)、及び、引用例の図8の記載からして、煙道5の下部は乾燥状態(乾燥炉床)であって、金属材料の溶解が行われているものと認められる。

ところで、甲第5号証には、「溶解炉床は平たんか、傾斜をしており、後者は・・・乾燥炉床溶解炉として知られている。乾燥炉床溶解炉では、金属が溶融すると、溶融金属は早速溶湯を保持するための炉床へと流れていく。」(17頁11行ないし14行)と記載されていることが認められところ(なお、「乾燥炉床溶解炉とは、元来金属が溶融すると、溶融金属は早速溶湯を保持するための炉床へと流れていくものであることからすると、該溶解炉では、溶融金属はもともと溶解室(部)の床面を湿潤させるものではない。」との審決の説示については、当事者間に争いがない。)、前記のとおり、引用例の溶解室3の底面は煙道5から連なる傾斜面で構成され、保持室2に向かって傾斜していること、引用例の図8の右側のものには、溶解室3の傾斜床面のうち保持室2寄りの一部が溶湯に浸漬されている状態が図示されているが、溶解室3の傾斜床面のうち上記浸漬されている以外の、煙道5の下部炉床に連なる部分(別紙図面3に表示のイ・ロ間)は溶湯に浸漬されていない状態が図示されていることからすると、引用例の乾燥炉床溶解炉において、煙道5下部炉床だけが乾燥炉床であって、溶解室3の傾斜床面は乾燥炉床ではないとするのは相当ではなく、少なくとも溶解室3の傾斜床面のうち上記溶湯に浸漬されていない部分は乾燥炉床であって、煙道5において熱せられた金属材料はバーナ6によって加熱、溶融されながら流下していくものと認めるのが相当である。

したがって、引用例の乾燥炉床溶解炉における「溶解部の乾燥炉床」は煙道5下部の傾斜床面だけであるとする趣旨の原告の主張は採用できない。

<2>  原告は、引用例の溶解炉におけるバーナ6は煙道5に向けられていて、溶解室3の傾斜床面には向けられていないから、バーナの直撃熱が加えられない床面を「溶解部の乾燥炉床」であるということはできない旨主張するが、少なくとも溶解室3の傾斜床面のうち溶湯に浸漬されていない部分においては、バーナ6が溶解バーナーとしての機能を果して、煙道5において熱せられた金属材料をさらに加熱、溶融するものと認められるから、原告の上記主張は採用できない。

また、原告は、引用例の図8に図示されている湯面ラインは溶解室に至っており、そのように濡れている炉床は「乾燥炉床」とはいわないはずである旨主張するが、溶解室3の傾斜床面の少なくとも一部は乾燥炉床と認定し得ることは前記説示のとおりである。

(3)  次に、引用例の図8には、溶湯の「湯面ライン」が付され、溶解室の一部及び傾斜床面の一部が溶湯に浸漬されているものが示されていることが認められるところ、審決が「構造上起こり得ることではある」とした点について、原告は、通常の操業状態を示すものであるとして種々主張するので、以下検討する。

<1>  原告は、一般常識上「構造上起こり得る」湯面ラインなるものを図中に何の断りもなく明瞭に記入することはしないし、また、その必要性もないのであって、もしそのような特別な状況を示すのであるならば、引用例自体にその旨の記述があるはずであるが、引用例の図面及び関連する本文にはそのような記載はない旨主張する。

しかし、連続溶解保持炉の操業時において、溶湯の湯面ラインは、通常ある程度変動するものと考えられ、溶湯の湯面ラインが図中に記入され、そのことに関して特に説明が付されていないからといって、その湯面ラインが変動することなく、ほぼ一定であると解さなければならない必然性はないものと解される。

<2>  原告は、引用例の連続溶解保持炉はダイカストマシンの鋳造量(鋳造能力)に対応して、煙道5内で予熱されている金属材料の溶解を連続的に行うものであり、溶湯の需要(鋳造量)と供給(溶解量)とは均衡を保ち、湯面ラインの大きな変動が生ずることなくほぼ一定であり、このほぼ一定の湯面ラインが図8に図示されていると解するのが正当である旨主張する。

連続溶解保持炉においては、溶湯の需要と供給とが均衡を保つことが望ましいが、通常の操業状態においては、適切な工夫が施されていない限り、溶湯の湯面ラインはある程度変動するものと考えられるところ、甲第3号証にはそのような工夫が施されていることを窺わせる記載はない。そして、引用例の図7の説明として、引用例の溶解保持炉がダイカストマシンを連続成形するために、連続的に材料が供給され、溶解がなされるもので、その仕様規格として1時間当たり150kgのアルミニウムを溶解し、400kgの溶湯を保持するものであると記載され、また、引用例の煙道5内には材料が充填されて予熱されていることをもって、引用例の溶解保持炉においては、湯面ラインに大きな変動が生ずることがなくほぼ一定であると認めることはできない。

<3>  原告は、甲第14号証の62頁「図1」に図示された連続溶解保持炉に記載されている「METAL LINE」は、操業時、非操業時を問わず、常に一定に保持されている溶湯の湯面ラインを表すものであること、甲第16号証の最終頁の中段左側に掲載されている湯面ラインを示した断面図は、同頁上段に記載された各種タイプの連続溶解保持炉の通常の操業状態における湯面位置を示すものであることを根拠として、連続溶解保持炉において湯面ラインが記載されている場合には、それは通常の状態における湯面ラインであるとするのが当業者の常識的な理解である旨主張する。

しかし、通常の操業状態においては、溶湯の湯面ラインはある程度変動するものと考えられるうえ、甲第14号証に記載の上記「METAL LINE」及び甲第16号証の上記湯面ラインの断面図は、いずれも保持室における溶湯の湯面位置を示すものであって、引用例のように、乾燥炉床溶解炉において溶解室の傾斜床面の一部に湯面ラインが示されている場合にも原告の主張するような理解が常識的といえるかは疑問である。

<4>  原告は、本件発明の出願当時の技術水準を示す資料である甲第7ないし第13号証に示されているものはいずれも引用例と同じ乾燥炉床タイプの溶解保持炉であるが、上記甲各号証に示されている湯面ラインはいずれも、当該溶解炉における通常の操業状態における湯面位置を表すものである旨主張する。

甲第7ないし第9号証、第11号証、第12号証はいずれも溶解炉に係る公開特許・実用新案公報等であり、これらには、保持室や溶湯溜まり等の湯面ラインを表示した図面が記載されているが、それがほぼ一定である状態を示しているのか、あるいは溶湯の上限を示しているのか全く不明である。

甲第10号証は反射式溶解炉に係る実用新案登録願書であり、同号証には溶湯保持室の上面に湯面ラインを表示した図面が記載されているが、同号証には、「溶湯の浮力により前記案内溝に導かれて上下動可能な、フラックスの溶湯汲み出し口側への流入を防止する浮きと、を有する反射式溶解炉。」(1頁11行ないし13行)と記載されていることからして、同号証のものは湯面ラインが上下することを前提としたものと認められる。

甲第13号証は溶解炉に係る公開特許公報であり、同号証には保持室の上面に湯面ラインを表示した図面が記載されているが、同号証には、「保持室へ流下する溶湯量は一定ではなく後半にピークをもつ。」(1頁右下欄6行、7行)、「従来はこの対策として保持溶湯槽内の湯の量を増加し、」(1頁右下欄19行、20行)、「溶湯のオーバーフローを防止する」(3頁右上欄1行、2行)、「更に常時溶湯の液面レベルを測定し、上限設定値に達すると溶解バーナへの燃料供給を停止する」(3頁左下欄9行、10行)と記載されており、これらの記載によれば、従来技術及び甲第13号証記載の発明はいずれも、湯面ラインが変動することを前提としているものと認められる。

上記のとおり、上記甲各号証には湯面ラインが示されているが、それが当該溶解炉における通常の操業状態における湯面位置を表すものとは必ずしもいえないのである。

以上のとおりであるから、引用例の図8に、溶湯の「湯面ライン」が付され、溶解室の一部及び傾斜床面の一部が溶湯に浸漬されているものが示されていることをもって直ちに、通常の操業状態を示しているもので、湯面ラインはほぼ一定しているものと解すべきであるとは認め難く、したがって、溶解室の一部及び傾斜床面の一部が溶湯に浸漬されることが、「構造上起こり得ること」ではないものと断定することもできない。

(4)  上記(3)に説示したところと、引用例の溶解炉が乾燥炉床溶解炉であることを併せ考えると、引用例の溶解炉において溶解室の一部及び傾斜床面の一部が溶湯に浸漬されることは、「構造上起こり得ること」である可能性が高いものと考えられるが、仮に、引用例の溶解炉の通常の操業状態において、溶解室の一部及び傾斜床面の一部が溶湯に浸漬されるものであるとしても、前記(2)に説示のとおり、溶解室の傾斜床面の少なくとも一部は、「熱せられた金属材料が加熱溶解されながら流下する傾斜床面」であるということができる。そして、「傾斜床面を流下する溶解した金属材料」は、溶解室に隣接する連通開口を通って保持室に流入するものと認められる。

したがって、「引用例の溶解炉においても、本件発明と同様に、「傾斜床面」は、熱せられた金属材料が加熱溶解されながら流下するものということができ、また、「連通開口」は、傾斜床面を流下する溶解した金属材料が流入することができるものといえ、そのことは引用例の溶解炉においても意図されている範囲のものである」(甲第1号証10頁1行ないし8行)とした審決の判断に誤りはないものというべきである。

原告は、引用例からは、溶解室の乾燥床面を流下させることによって、加熱昇温して、材料を完全な溶融状態にして保持室に流入させるという技術思想を読み取ることができず、本件発明と引用例の溶解炉との間には根本的な技術思想の相違が存する旨主張する。

しかし、前記認定、説示のとおり、引用例の溶解炉においても、溶解室3の傾斜床面の少なくとも一部が乾燥炉床として、煙道5によって熱せられた金属材料をバーナ6によってさらに加熱、溶融しているのであるから、原告の上記主張は採用できない。

(5)  以上のとおりであって、原告主張の取消事由は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

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別紙図面3

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